「触れてもいいの?」から始まる、わたしとの対話  — トランスジェンダーとセルフプレジャーをめぐる性教育のまなざし

「輝虹会スターレインボー」という名前には、 多様な人がそれぞれの色を持って輝けるように──という願いを込めています。 決してLGBTに限定した団体ではなく、誰もが安心して関われる市民活動の場を目指しています。 誤解されることもありますが、それでもこの名前を選んだのは、希望の象徴だからです。


住み続けられる街にしたい。
それは、思想ではなく、暮らしの願い。
対立ではなく、対話からはじまるまちづくり。
このブログは、そんな根っこの思いから綴っています。



「オナニーって、してもいいんだろうか?」  
そんな問いを、誰にも言えずに抱えている人がいる。  
とくに、身体と心の間に揺らぎを感じている人たちにとっては、  
その問いは、ただの性の話じゃなくて、わたし”の話になる。

性教育というと、「知識を教えるもの」と思われがちだけど、  
本当はもっとやわらかくて、もっと個人的で、もっと多様なもの。  
それぞれの身体、それぞれの感じ方、それぞれの生き方。  
誰もが違って当たり前という視点から始める性教育こそ、  
わたしたち市民活動の根っこにあるものだと思う。

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Mtfの人が、自分の身体に違和感を抱えながらも、  
やさしく触れることで、少しずつ「わたし」との距離を縮めていく。  
胸のふくらみ、肌の感覚、ホルモンの変化。  
それらすべてが、「わたしらしさ」を育てていく。

Ftmの人が、鏡に映る自分を見つめながら、  
深く息を吸って、胸のバインダーを外す瞬間。  
そのとき、身体は自由になり、心は少しだけ羽ばたく。  
触れることは、「わたしになる」ための一歩。

セルフプレジャーは、誰かに見せるものじゃない。  
でも、誰かに知ってほしい気持ちもある。  
それは、孤独の中の希望であり、  
痛みの中のやさしさでもある。

「気持ちいい」だけじゃない。  
「苦しい」だけでもない。  
その間にある、言葉にならない感覚。  
それを、わたしたちは毎晩、静かに抱きしめている。

性教育は、知識だけじゃなく、許しの言葉でもある。  
「触れてもいいよ」  
「感じてもいいよ」  
「あなたの感覚は、あなたのものだよ」  
そんな言葉が、誰かの心をほどいていく。

そして市民活動の現場では、  
「違っていていい」「そのままでいい」という空気を育てることが、  
性教育の延長線にあると、私は思っている。

 🌱あとがきにかえて  
この文章は、悩みや苦しみの中にいる誰かが、  
「生きていていいんだ」と思えるように願って書きました。  
一人でも多くの命が、今日を越えて、明日を迎えられますように。  
そして、いつか「たのしく生きる」ことが、自然に感じられる日が来ますように。

性の話は、恥ずかしいことではありません。  
それは、生きることの一部であり、  
自分自身とのつながりを育てる大切な時間でもあります。

誰かと違っていてもいい。  
感じ方が違っていてもいい。  
それぞれの「わたし」が、それぞれのリズムで生きている。  
それが、わたしたちのまちの豊かさだと思うのです。

市民活動の現場では、  
「違っていても安心できる場所」をつくることが、  
何よりも大切だと感じています。

そして最後に、ななみの好きな歌から、願いをこめて——




心の翼よ今  
届かぬ思いをのせ  
愛しい命のもと  
はばたけ願いをこめ**  
(宝塚歌劇団「心の翼」より)

読んでくれて、ありがとう。  
あなたの「わたし」を、どうか大切にしてくださいね。


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