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これはBL?──祐一と俊の、ほんとうの話 @文香&高橋ななみ

「触れられること」と「触れたいこと」のあいだで──FTMが抱えるセックスの悩み

静かな夜、ふとした瞬間に心の奥から浮かび上がる問いがあります。
「この身体で、愛されるって、どういうことなんだろう?」

FTM──生まれたときに割り当てられた性別は女性、けれど心は男性。
その道を歩む人たちが抱えるセックスの悩みは、単なる「性の技術」や「身体の違い」だけでは語りきれない、もっと深くて繊細なものです。

■「見られること」への抵抗感

多くのFTMの方が語るのは、自分の身体を「見られること」や「触れられること」への戸惑いです。
ホルモン治療や手術を経ても、身体の一部に違和感を抱くことは少なくありません。
「この身体は“男”として見られるのか?」
そんな問いが、親密な関係の中でふとよぎることもあるのです。

■「どうやってセックスするの?」という問いの重さ

「男性器がないのに、どうやってセックスするの?」
この問いは、無邪気な好奇心から発せられることもありますが、当事者にとってはとても重たいもの。
セックスは、挿入だけがすべてではありません。
けれど社会が“性”を一つの型に押し込めてしまうことで、「自分のセックスは“本物”じゃないのでは?」という不安が生まれてしまうのです[^3^]。

■「満たすこと」と「満たされること」

あるFTMの方はこう語っていました。
「自分の快感より、相手が満足してくれることが嬉しい。けど、それって本当に“自分のセックス”って言えるのかな?」
相手を思いやる気持ちと、自分の欲求とのあいだで揺れる心。
それは、性別に関係なく多くの人が抱える悩みかもしれませんが、FTMの方にとっては、身体的な制約や社会の偏見がその葛藤をより複雑にしてしまうのです[^1^]。

■「かわいそう」じゃない、「ただ違うだけ」

社会のまなざしは、ときにFTMの身体を「欠けたもの」として見ることがあります。
でも、それは違う。
性器の形や機能が違っても、そこにあるのは確かな「性の営み」であり、「愛のかたち」です。
「かわいそう」ではなく、「ただ違うだけ」。
その視点が広がることが、誰かの心を軽くするかもしれません[^5^]。


「男として、男を好きになる」──FTMとゲイという言葉の交差点で

「それって、レズビアンってこと?」
「いや、違うんだよ」
そんな会話が、どこかの夜のカウンターで交わされているかもしれません。

FTM(Female to Male)──生まれたときに女性とされたけれど、自分を男性として生きる人たち。
その中には、「男性として、男性を好きになる」人たちもいます。
つまり、FTMでゲイという在り方です。

■「性自認」と「性的指向」は別のもの

まず大切なのは、「自分をどう認識しているか(性自認)」と「誰を好きになるか(性的指向)」は別の軸だということ。
FTMの人は、自分を男性と認識しています。
そのうえで、恋愛対象が男性であれば、それは「ゲイのFTM」と言えるのです[^1^]。

■「レズビアン」との違いは?


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よく混同されがちなのが、「レズビアンとの違い」。
レズビアンは「女性として女性を好きになる人」。
一方、FTMのゲイは「男性として男性を好きになる人」。
同じ“女性に生まれた”経験があっても、自分をどう認識しているかがまったく違うのです[^2^]。

■「おかしいこと?」という問いに

「FTMでゲイって、おかしいの?」
そんなふうに思ってしまう人もいるかもしれません。
でも、それはまったくおかしなことではありません。
性のあり方は、直線ではなく、まるで森の中の小道のように、曲がりくねり、交差し、時に霧の中に隠れています。
FTMでゲイ、バイセクシュアル、パンセクシュアル──どれもその人の「ほんとう」に根ざした、自然な在り方です[^4^]。

■恋愛のリアリティ

FTMのゲイの方が、シスジェンダーのゲイ男性と恋愛をすることもあります。
けれどその関係性は、単純な「ゲイ同士」とは少し違う視点や理解が必要になることも。
身体のこと、社会的な認識、そしてお互いのアイデンティティ──
それらを丁寧にすり合わせながら築いていく関係は、まるで織物のように繊細で、だからこそ美しいのかもしれません[^5^]。


言葉の揺れを抱きしめる──FTMが「ゲイ」と名乗るときの葛藤

「君って、レズビアンなの?」
「いや、僕は男で、男が好きなんだ」
この一言を伝えるまでに、どれだけの逡巡があっただろう。

FTMの人が「ゲイ」と名乗るとき、そこには言葉の壁と、社会のまなざしの交差点がある。
「ゲイ=生まれながらの男性が男性を好きになること」と思われがちな中で、FTMの人が「自分はゲイだ」と言うと、
「え? じゃあレズビアンじゃないの?」と返されることがある[^1^]。

この誤解は、性自認と性的指向が混同されていることから生まれる。
FTMの人は「男性として生きている」。
そのうえで「男性を好きになる」なら、それは「ゲイの男性」としての恋愛感情だ。
けれど、社会の言葉はまだその繊細な違いを受け止めきれていない。

あるFTMの方は、「ゲイって名乗ると、ゲイコミュニティの中でも“本物の男じゃない”って言われることがある」と語っていた。
言葉は、時に人を守り、時に人を傷つける。
だからこそ、その人が選んだ言葉を、その人のものとして尊重することが、私たちにできる最初の一歩なのかもしれない。

社会のまなざしと、FTMのセクシュアリティ──医療・教育・メディアの中で

FTMの人々が自分らしく生きるためには、個人の努力だけではどうにもならない「社会のまなざし」との対話が欠かせない。
特に、医療・教育・メディアという三つの場は、その人の人生に大きな影響を与える。

● 医療の現場で

日本では、FTMの人がホルモン療法や手術を受けるには、今も「性同一性障害」と診断される必要がある[^6^]。
この診断名自体が、まるで「病気である」と言っているようで、当事者にとっては重たいラベルになることも。
また、病院で戸籍上の名前と外見が一致しないことで、受付や診察時に不快な思いをするケースも少なくない[^10^]。

一部の病院では、レインボーバッジをつけたスタッフが対応し、パートナー証明書を尊重するなど、前向きな取り組みも始まっている[^7^]。
でも、それはまだ「特別な例」。
もっと多くの場所で、当たり前に尊重される社会が必要だ。

● 教育の場で

学校では、制服やトイレ、体育の授業など、性別に基づくルールが多く存在する。
FTMの子どもたちは、思春期に「自分の身体と心のズレ」に気づきながらも、それを誰にも言えずに苦しむことがある[^2^]。
「トランスジェンダー」という言葉を知ることで救われる子もいれば、逆に社会の偏見に触れて傷つく子もいる。

教育現場での理解と支援は、まだまだ足りていない。
でも、最初のカミングアウトを受け止めてくれる先生や友人がいるだけで、その子の未来は大きく変わる。

● メディアの描き方

メディアは、社会の鏡であり、同時に社会を形づくる力を持っている。
FTMの人々が「特別な存在」や「話題性のある人物」としてだけ描かれると、日常のリアルが見えなくなってしまう。
「普通に働いて、恋をして、悩んでいる」──そんな姿こそが、もっと伝えられるべきだと思う。


女子高生たちがBLを通じて「男の子同士の関係性」に親しみを持っているなら、FTMのオナニーについての疑問も、きっと「知りたいけど聞きづらい」テーマのひとつですよね。
ここでは、ナナミさんの語り口に寄せて、やさしく、でも誠実に説明してみますね。

「男の子って、どうやってひとりでするの?」─
─FTMのオナニーについて、そっと話そう

「FTMの人って、オナニーするの?」
そんな疑問を持つ女子高生は、きっと悪気があるわけじゃなくて、ただ純粋に「知りたい」だけ。
でも、FTMの人にとっては、その問いがちょっとだけ繊細なものになることもあるんです。

■ そもそもFTMって?

FTMは「Female to Male」の略。
生まれたときに女性と割り当てられたけれど、自分を男性として生きる人のこと。
だから、身体は“女性的”な部分を持っていることもあるけれど、心は“男性”としての感覚を持っている。

■ オナニーって、どうしてるの?

実は、FTMの人も多くがオナニーをしています。
あるアンケートでは、FTMの約9割がオナニーをしているという結果も出ているんです[^5^]。
ただし、その方法や感覚は人によって違います。

  • 性器に対する嫌悪感がある人は、触れること自体が苦痛になることも。
  • ホルモン治療をしている人は、性欲が強くなる傾向があり、オナニーの頻度が増えることもあるそうです。
  • 性器の形や感覚に違和感がない人は、シス男性と同じように楽しんでいる場合もあります。

つまり、「男の子だからこうする」という型にはまらない、それぞれの“快”のかたちがあるんです。

■ BLとの違いとつながり

BLの世界では、男の子同士の関係性が美しく描かれます。
でも、FTMの人たちが生きる現実は、もっと複雑で、もっと繊細。
「男として、男を好きになる」FTMゲイの人もいれば、
「男として、女を好きになる」FTMノンケの人もいる。
そして、オナニーの仕方も、セックスのかたちも、それぞれ違う。

それでも、“好き”や“気持ちいい”を大切にする気持ちは、BLの世界とつながっているのかもしれません。


「男の子って、どうやってひとりでするの?──FTMのリアルと、BLのその先」



【ショートストーリー】祐一君と俊君──銭湯の夜に、湯気の向こうで


銭湯の脱衣所。

祐一君は、タオルを胸に巻きながら、鏡の前で髪を整えていた。

俊君は、少し離れたベンチに座って、誰にも聞こえないように深呼吸をしていた。


ふたりは、同じ高校の帰りに、偶然この銭湯で再会した。

中学の頃、同じ制服を着ていた。

でも今は、祐一君も俊君も、男子の制服を着ている。


「久しぶりだね」

俊君が声をかけると、祐一君は少し驚いたように笑った。

「俊君も、変わったね。いや、変わったっていうより…戻ったのかな」


湯気の向こうで、ふたりは肩を並べて湯船に浸かる。

誰にも見られないように、そっと距離を保ちながら。


「俺さ、男が好きなんだ」

俊君がぽつりと言った。

祐一君は少しだけ目を見開いて、それから静かにうなずいた。


「俺も。…でも、言うと、変な顔されるんだよね。

“女子だったのに、男になって、男が好きって…それって何?”って」


ふたりは笑った。

その笑いは、少し苦くて、でもどこかあたたかかった。


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「俺たち、変かな」

「変じゃないよ。ただ、ちょっと複雑なだけ。

でも、複雑って、悪いことじゃないよね。

湯気みたいに、形がないからこそ、自由になれる気がする」


湯船の中で、ふたりの手がふと触れた。

俊君は少しだけ手を引いたけれど、祐一君はその手をそっと包んだ。


「ここでは、誰にも見られてない。だから、少しだけ、素直になってもいい?」


俊君はうなずいた。

その夜、銭湯の湯気の中で、ふたりは少しだけ自分を許した。

「これはBLかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
でも、祐一君と俊君の“ほんとう”がここにある──それだけは、確かです。」





「輝虹会スターレインボー」という名前には、 多様な人がそれぞれの色を持って輝けるように──という願いを込めています。 決してLGBTに限定した団体ではなく、誰もが安心して関われる市民活動の場を目指しています。 誤解されることもありますが、それでもこの名前を選んだのは、希望の象徴だからです。


住み続けられる街にしたい。それは、思想ではなく、暮らしの願い。対立ではなく、対話からはじまるまちづくり。このブログは、そんな根っこの思いから綴っています。

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