“語れる場”をつくるために

—三次元の壁に触れて、なお言葉を差し出す

✍️アンケートとは、なんだろう。

声を集めるための道具?
それとも、声が生まれる場?

私は、後者であってほしいと願っています。

形式を整えることと、声を受けとめること。
その両方を大切にする場が、少しずつでも増えていくことを願って——。




Copilot_20260126_144030

【写真説明】

声にならなかった感情が、 おとこの身体の奥から滲み出すように、紙の上に落ちていく。


先日、とある地域のボランティアフェスティバルに参加しました。
そのあと、主催者から届いたアンケートに、私は丁寧に、正直に、自分の言葉で答えました。
形式に沿って、でもそれだけでは伝えきれない思いがあったから、自由記述欄にたくさんの言葉を綴りました。

「ただの参加者」ではなく、「場をつくる一人」として関わりたい。
そんな気持ちで書いたアンケートでした。

でも、返ってきたのは、形式の確認とルールの指摘だけ。
「指定のフォームで」「1名ずつの申し込みで」「次回からはご協力を」
——そうした言葉の奥に、私の声が届いた気配はありませんでした。

もちろん、運営にはルールが必要です。
でも、形式を守ることと、声を受けとめることは、別の話だと思うのです。


「語れる場」には、余白が必要


Copilot_20260126_150109

【イラスト説明】

声が出せる空気があるとき、人は初めて語りはじめる。 その一言を、誰かが受けとめてくれると信じられる場が、ここにある。

ナナミさん、ここまでの構成、とても丁寧で読みやすく、
言葉と挿絵が呼応しながら、静かに力強く読者を導いていますね。

さて、今回の追加したい内容:

「あとで出したい人は?」という問いに、答えが用意されていない。
真剣に向き合いたい人ほど、置いてきぼりになるような感覚。

この視点は、アンケートの設計に関する提案の補強として、
すでにある「こんなアンケートがあったらいいなと思います:」の直後に入れると、
流れがとても自然になります。


✍️だから私は、こんなアンケートがあったらいいなと思います:

  • 最低限の形式は守りつつ、「別紙記載」も歓迎する設計
  • 自由記述欄に「感じたことを自由に書いてください」と添えるひと言
  • 回答方法に柔軟性を持たせる(紙・Web・口頭など)
  • 回収後、「読んだよ」「届いたよ」と伝えるフィードバック


その日、配られた紙のアンケートにはQRコードが印刷されていて、
その場でスマホから提出するような空気がありました。
もちろん、それが悪いわけではありません。
でも、「あとでゆっくり考えてからパソコンで書きたい」と思っていた私は、
その空気の中で、少し置いてきぼりになったような気持ちになりました。

「あとで出したい人は?」という問いに、答えが用意されていない。
真剣に向き合いたい人ほど、急がされるような設計では、
声を出す前に、心が閉じてしまうこともあるのです。

うん…その気持ち、すごくよくわかるよ。
「書きたいことはあるのに、書ける形が用意されていない」って、
それだけで声が閉じてしまうこと、あるよね。

ナナミさんのように、丁寧に言葉を選んで、真剣に向き合いたい人にとって、
「文字数制限」や「記述欄の狭さ」は、
“語ることを許されていない”ように感じる瞬間でもある。


✍️この視点を加えるなら、こんなふうに書けるかも:

たとえ紙のアンケートでも、QRコードのWebアンケートでも、
もし文字数に制限があるなら、私は箇条書きで簡潔に答えることもできたと思います。

でも、そこに「自由に書いていい」という空気がなかった。
“このくらいにしておいてください”という無言の制限が、
形式や欄の狭さから伝わってきて、
結局、言葉を出すこと自体をためらってしまう人もいるかもしれません。




自由記述欄があっても、そこに「書いてもいい」と思える空気がなければ、言葉は出てきません。

たとえ紙のアンケートでも、QRコードのWebアンケートでも、
もし文字数に制限があるなら、私は箇条書きで簡潔に答えることもできたと思います。
でも、そこに「自由に書いていい」という空気がなかった。
“このくらいにしておいてください”という無言の制限が、
記述欄の狭さや形式から伝わってきて、
結局、言葉を出すこと自体をためらってしまう人もいるかもしれません。



アンケートは、ただの集計ツールではなく、

誰かの思いや願いを受けとめる“場”でもあるはずです。

選択肢だけでは語れないことがある。
自由記述欄があっても、そこに「書いてもいい」と思える空気がなければ、言葉は出てきません。

だから私は、こんなアンケートがあったらいいなと思います:

  • 最低限の形式は守りつつ、「別紙記載」も歓迎する設計
  • 自由記述欄に「感じたことを自由に書いてください」と添えるひと言
  • 回答方法に柔軟性を持たせる(紙・Web・口頭など)
  • 回収後、「読んだよ」「届いたよ」と伝えるフィードバック

それだけで、声を出す側の気持ちは、ずいぶん違ってくると思うのです。


「語る」とは、ただ話すことではない

あるイベントで「夢を語る人を募集」と書かれていたのに、実際には語る場が用意されていなかったことがありました。
そのとき私は、自分の準備してきた時間や気持ちが、どこにも行き場を失ったように感じました。

「語れる場」と「聞く場」は、似ているようでまったく違います。
語るには、安心して声を出せる空気と、受けとめる姿勢が必要です。
その設計がないまま「語ってください」と言われても、声は出ません。

語ることは、ただの発表ではなく、
自分の思いや願いを、誰かに届けようとする行為です。
だからこそ、その声が届くための「余白」と「対話」が必要なのです。


三次元の壁に触れて、なお言葉を差し出す

アンケートに書いた内容は、稲沢市の担当者から「あま市社会福祉協議会に送った」とのことでした。
形式上は「届いた」ことになるのかもしれません。
でも、私は「送られた」かったのではなく、「読まれたかった」。
そして、「人」として受けとめてほしかった。

あの返信には、心がありませんでした。
まるで「余分なことをするな」と言われたような、冷たい壁のような文面でした。
私はそのとき、「これは対話ではない」と感じました。

私は、5次元と3次元のあいだを行き来するように生きています。
とくに、三次元の重さや濁りの中にずっといるのは、正直つらい。

Copilot_20260126_145417

【写真説明】

三次元の濁りに立ち尽くしながらも、 それでも、見えない次元へと心を向けている。


でも、それでも私は、言葉という橋をかけて、現実の世界に問いを投げかけたいと思っています。


🕊この声が、届いてほしい場所へ

この文章は、特定の誰かを責めるために書いたものではありません。
むしろ、これからの地域の場づくりを、もっとあたたかく、開かれたものにしていくために、
市民活動支援センターや、地域の対話の場をつくる皆さんにこそ、読んでいただきたいと思っています。

形式を整えることと、声を受けとめること。
その両方を大切にする場が、少しずつでも増えていくことを願って——。

この文章が、あの日あの場に関わった誰かの目に触れたなら、
形式の向こうにある声として、少しだけ耳をすませてもらえたら嬉しいです。


✍️くだけた語り口での整え案:

そうそう、あの日の夜ね、
マミーを1リットル飲み干して、
キャラメル味のマイクポップコーン(レタスの繊維質入り)も食べきってたの。

だから、便秘が解消されたのはそのせいかもしれない。
でもね、やっぱり思うの。

ブログがほとんど書き終わって、ふう…って一息ついたそのタイミングで、
ようやくトイレに行けたんだよね。

なんか、身体の中に詰まってたものと、
心の中に詰まってたものが、
いっしょに流れ出たような感じがして。

書くって、ほんとに“出す”ことなんだなあって、
しみじみ思った。



🌟 みんなで広げよう!🌟

『輝虹会スターレインボー』の活動をもっと多くの人に知ってもらうために、ぜひSNSで投稿をお願いします!
ハッシュタグ #スターレインボーを付けて、活動の魅力やイベントの様子を共有してください。
あなたの投稿が地域の未来づくりを応援する大きな力になります!✨ 🌈

最後までお読みいただきありがとうございます。スターレインボーのブログは、40人に1人に読まれています。多くの読者に支えられて、これからも皆さんにとって有益な情報や楽しいコンテンツをお届けしたいと思います。ぜひ、ご友人や家族にもシェアしていただけると嬉しいです!

フィードバックとコメント
ご意見やフィードバックがございましたら、サイドバーのメールフォームからご連絡いただくか、こちらのメールアドレスにご連絡ください: nanami06777@gmail.com

皆さんからのご意見をお待ちしております!

「にほんブログ村のランキングで私たちのブログをサポートしてください!下のバーナーをクリックするだけで投票できます。皆様のご協力をお願いいたします!」
にほんブログ村 地域生活(街) 中部ブログ 中部情報へ にほんブログ村 地域生活(街) 中部ブログへ にほんブログ村 中学生日記ブログ 女子中学生へ にほんブログ村 中学生日記ブログへ にほんブログ村 高校生日記ブログへ