国際カップルの苦悩と家族形成 @高橋ななみ&伊勢文香

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【イラスト説明】

テイラーは、たかしのことを深く想っている。 だからこそ、「自分が彼の支えになれるのか」 「彼の孤独を、ほんとうに分かち合えるのか」 そんな問いが、彼女の中で静かに渦を巻いている。


🌆断章『メロンソーダとビール』

ユニバーサル・スタジオの帰り道。
 人混みを抜けたたかしは、駅近くのオープンカウンターの喫茶店に入った。
 テーマパークの余韻がまだ耳に残っている。
 けれど、彼の手にはお土産もなければ、誰かと撮った写真もない。

たかしは、カウンターの端に腰を下ろし、メロンソーダを注文した。
 緑色の炭酸が、グラスの中で静かに泡を立てている。
 ストローをくわえながら、彼はぼんやりと通りを眺めていた。

そのとき、隣の席に、ひとりの外国人女性が座った。
 金髪を後ろでまとめ、Tシャツにジーンズというラフな格好。
 日焼けした頬に、笑いジワが浮かんでいる。

「コンニチハ。ここ、すわって、いいですか?」
 たどたどしい日本語だったが、声は明るく、目はまっすぐだった。

たかしは少し驚いたように顔を上げて、うなずいた。
「……どうぞ」


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彼女はにっこり笑って、手を挙げた。
「ビール、ください。つめたいの、いちばん!」

店員がうなずいて去ると、彼女はたかしのグラスを覗き込んだ。
「それ、なに? グリーンの……ジュース?」


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「メロンソーダ。甘いやつ」
 たかしが答えると、彼女は目を丸くした。

「メロン……ソーダ? オトナ、のむの?」
 その言葉に、たかしは少しだけ笑った。

「たまにね。今日は、特別だから」

「わたしも、きょう、スペシャル。ひとり、ユニバーサル。
 でも、たのしかった。ジェットコースター、こわいけど、すき!」

彼女の言葉をゆっくりと噛みしめながら、たかしはうなずいた。
 日本語は完璧じゃない。けれど、その不器用さが、どこか心地よかった。

「あなた、ひとり? ユニバーサル、いった?」

「うん。……ひとりで、ぶらぶらと」

「わたしも。……じゃあ、いっしょに、のもう?」

彼女が差し出したビールのグラスに、たかしは少し戸惑いながらも、
 自分のメロンソーダをそっと合わせた。

カチン、と軽い音が響いた。
 その音が、ふたりの物語の始まりだった。


🌆断章『はじめての誘い』

グラスの中の炭酸が、しゅわしゅわと音を立てていた。
 たかしはストローをくわえたまま、ちらりとテイラーの横顔を見た。
 彼女はビールを一口飲んで、ふぅっと息をついた。

「このビール、にほんの? おいしいね」

「うん。関西限定のやつ、らしいよ」

「カンサイ、すき。ひと、やさしい。あなたも、やさしい」

たかしは、少しだけ目をそらした。
 褒められることに慣れていない。
 けれど、心の奥が、じんわりとあたたかくなるのを感じていた。

「あなた、カノジョ、いる?」

たかしは驚いてグラスを置いた。
 そして、少しだけ笑って、首を振った。

「いないよ。……ずっと、いない」

「そっか。わたしも、いない。むずかしいね、にほんのレンアイ」

しばらく沈黙が流れた。
 けれど、たかしの中で何かが動いていた。
 このまま帰ったら、きっと後悔する。
 彼女の言葉はたどたどしいけれど、まっすぐだった。
 だから、自分も、まっすぐに言ってみようと思った。

「あのさ……今度、どこか……一緒に行かない? デート、みたいな」

「デート? わたしと?」

「うん。……だめ、かな」

「だめじゃない! うれしい。タカシ、シャイだけど、かわいい」

たかしは、思わず吹き出した。
 こんなふうに笑ったのは、いつぶりだろう。
 メロンソーダの甘さが、少しだけ胸にしみた。




🌤断章『山へ行こう』

土曜の朝、駅前のロータリーには、まだ人もまばらだった。
 バスの発着音と、スーツケースを引く音だけが、静かに響いている。

たかしは、ロータリーの端に立っていた。
 白いシャツに、カーキのリュック。
 足元は、昨日の夜に慌てて買ったトレッキングシューズ。
 “山に行こう”と誘ったのは自分だったのに、
 彼女が本当に来てくれるかどうか、不安で仕方がなかった。

「タカシ!」

明るい声が、朝の空気を切り裂いた。
 振り返ると、テイラーが手を振りながら駆け寄ってくる。
 キャップにポニーテール、リュックには水筒とおにぎりの包み。
 足元は、しっかりとしたスニーカー。

「オハヨー! まにあった!」

「おはよう。……準備、ばっちりだね」

「うん! タカシ、やま、すき?」

「……うん。静かだから、好き。
 人が少ないところ、落ち着くんだ」

「わたしも。にぎやか、すきじゃない。
 でも、あなたと、にぎやか、ちょっと、いいかも」

たかしは、思わず笑った。
 そのとき、目的地行きのバスがロータリーに滑り込んできた。

「行こう。あのバスに乗れば、登山口まで行ける」

「オッケー!」

ふたりは並んでバスに乗り込んだ。
 車内は空いていて、後方の窓際に並んで座る。
 バスが動き出すと、テイラーは窓の外を見ながら、
 小さな声で「きれい……」とつぶやいた。

たかしは、その横顔をちらりと見た。
 言葉はまだたどたどしい。
 でも、こうして同じ景色を見ていることが、
 なによりも嬉しかった。




🌇断章『帰り道のこと』

山を下りるころには、午後の光が斜めに差し込んでいた。
 ふたりの靴は土で汚れ、汗ばんだシャツが風にひらひらと揺れている。
 けれど、どちらの顔にも、疲れよりも満ち足りた笑顔が浮かんでいた。

登山口から出るバスに乗り込むと、車内はがらんとしていた。
 たかしとテイラーは、また並んで座った。
 今度は、少しだけ距離が近い。

「つかれた?」とたかしが聞くと、
テイラーは首を横に振って、にっこり笑った。

「つかれたけど……タノシカッタ。タカシ、やさしい。
 おにぎり、わけてくれて、ありがとう」

「いや、こっちこそ。……テイラーがいてくれて、よかった」

バスが揺れるたびに、ふたりの肩がふわりと触れた。
 たかしは、心の中で何度も言葉を探した。
 言っていいのか、まだ早いのか。
 でも、今日一日を思い返すたびに、
 彼女の笑顔や、足を止めてくれたときの手のぬくもりがよみがえる。

バスが駅に近づいたころ、たかしは意を決して口を開いた。

「……あのさ、もしよかったら、うち、寄っていかない?
 たいした部屋じゃないけど、ちょっと休んでいけたらって……」

テイラーは、少しだけ目を見開いた。
 けれど、すぐにふわっと笑って、首をかしげた。

「タカシの、すまい? ……ミタイ。
 あなたの、くらし、しりたい。……いい?」

たかしは、思わず息をのんだ。
 “いいよ”と答える前に、胸の奥がじんわりと熱くなった。

「もちろん。……ようこそ、俺のアパートへ」




🌃断章『はじめての部屋』

たかしのアパートは、駅から歩いて10分ほどの静かな住宅街にあった。
 外観はごく普通の2階建て。けれど、ドアを開けた瞬間、
 テイラーは思わず「わあ……」と声を漏らした。

玄関を上がると、正面の壁に、登山用のザックやピッケル、ヘルメットが整然と掛けられていた。
 その下には、泥を落とした登山靴が2足。ひとつは、今日履いていたもの。
 もうひとつは、使い込まれた革のブーツだった。

「すごい……これ、ぜんぶ、タカシの?」

「うん。山、好きで。……道具、つい揃えたくなるんだ」

テイラーは、ザックのバックルをそっと指でなぞった。
「プロ、みたい。……カッコイイ」

リビングに入ると、壁には自転車の写真が何枚も飾られていた。
 山道を走るロードバイク、海沿いの道をひとりで走る後ろ姿。
 そのどれもに、たかしの“ひとりの時間”が写っていた。

「これ、タカシ? バイク、のるの?」

「うん。昔は、よく走ってた。今は、あんまりだけど……」

部屋の中央には、大型のテレビとステレオ。
 その横には、静かに水をたたえるアクアリウム。
 青い光の中を、小さな魚がゆらゆらと泳いでいる。

「きれい……」
 テイラーは、アクアリウムの前にしゃがみ込んだ。
「このこ、なまえ、ある?」

「うん。あいつは“ミドリ”。……緑のやつ、だから」

「ミドリ……かわいい。タカシ、さびしくない?」

たかしは、少しだけ黙った。
 そして、テーブルの上に置いた鍵を見つめながら、ぽつりと答えた。

「……さびしくないように、してた。
 でも、今日みたいな日は、誰かと一緒にいたいって思った」

テイラーは、ゆっくりと立ち上がり、部屋の奥を見た。
 そこには、キングサイズのベッドがひとつ。
 シーツは整えられていて、枕がふたつ並んでいた。

「このベッド……おおきいね。タカシ、ひとりで、ねる?」

「うん。……広すぎて、たまに、さみしい」

テイラーは、たかしの顔を見て、ふっと笑った。
 そして、ベッドの端にちょこんと腰を下ろした。

「じゃあ、きょうは、すこしだけ、いっしょに、いてもいい?」

たかしは、驚いたように彼女を見た。
 けれど、その目はまっすぐで、あたたかかった。

「……うん。ありがとう」




🌙断章『夜のまえに』

部屋の灯りを落とすと、アクアリウムの青い光だけが残った。
 ベッドの上、ふたりは並んで座っていた。
 テイラーは、たかしのシャツの袖を指先でつまんでいた。

「タカシ……キンチョウ、してる?」

「……うん。ちょっとだけ」

「わたしも。……でも、あなたと、いたい」

たかしは、ゆっくりと彼女の手を取った。
 その手は、少しだけ冷たかったけれど、しっかりと握り返してくれた。

「……俺、あんまり、経験ないんだ。
 アメリカの人にとって、俺の……その、セックスって、どうなんだろうって、ちょっと不安で」

テイラーは、目を見開いたあと、ふっと笑った。

「タカシ、それ、きくの、かわいい。
 でも、だいじなのは、テクニック、じゃない。
 あなたが、わたしを、たいせつにするか、どうか。
 それが、いちばん、だいじ」

たかしは、息をのんだ。
 彼女の言葉は、たどたどしいけれど、まっすぐだった。

「……俺、君のこと、大事にしたい。
 ちゃんと、向き合いたい」

「じゃあ、だいじょうぶ。
 わたし、あなたと、いっしょに、いたい。
 ゆっくり、で、いい」




🌙断章『まっすぐな夜』

ベッドの上、ふたりは横になっていた。
 部屋の灯りは落とされ、アクアリウムの青い光だけが、天井にゆらゆらと揺れていた。

たかしは、テイラーの髪にそっと触れた。
 彼女は目を閉じたまま、静かに言った。

「タカシ……さっき、むかしのこと、はなしてくれて、ありがとう」

「うん。……なんか、隠したくなかったんだ。
 君といると、ちゃんと話したくなる」

テイラーは、ゆっくりと目を開けた。
 その瞳は、どこまでもまっすぐだった。

「わたしも、すこし、はなしていい?」

「もちろん」

「わたし……そんなに、けいけん、あるわけじゃない。
 アメリカのひとって、みんな、じょうずとか、たくさん、とか、
 そういうイメージ、あるかもしれないけど……
 わたしは、ちがう。すきなひとと、すこしだけ」

たかしは、黙ってうなずいた。
 テイラーは、言葉を選ぶように、ゆっくりと続けた。

「でも……タカシのこと、すき。
 だから、わたし、あなたを、セックスで、リー……えっと……」

「リード?」

「そう、それ! リード。……すこしは、できると、おもう。
 でも……ほんとは、タカシに、してほしい。
 わたし、あなたに、まかせたい。
 あなたの、やさしさ、しってるから」

たかしは、彼女の手をそっと握った。
 その手は、少しだけ震えていたけれど、あたたかかった。

「ありがとう。……俺も、君を大事にしたい。
 ゆっくりでいい。……一緒に、確かめながら、進もう」

テイラーは、うなずいた。
 そして、たかしの胸に顔をあずけた。

「タカシ、あったかい……」

「君も、あったかいよ」

ふたりの呼吸が、静かに重なっていく。
 言葉よりも、ぬくもりが、すべてを伝えていた。



🌙断章『やわらかいままで』

夜が深まり、部屋の中は静まり返っていた。
 アクアリウムの青い光が、天井に波紋のような影を落としている。

たかしは、ベッドの端で小さく息をついた。
 テイラーは、彼の隣で毛布にくるまりながら、静かに目を閉じていた。

けれど、たかしの心は、落ち着かなかった。
 途中で、うまくいかなかった。
 緊張して、身体が思うように反応しなかった。
 テイラーの肌に触れたとき、
 そのやさしさとあたたかさに、逆に怖くなってしまった。

「……ごめん」
 たかしは、ぽつりとつぶやいた。

テイラーは、目を開けて、たかしの顔を見た。
「なにが?」

「……途中で、うまくできなかった。
 君、怒ってないかなって……」

テイラーは、しばらく黙っていた。
 そして、ゆっくりとたかしの手を取った。

「タカシ、わたし、オコッテナイ。ぜんぜん」

「でも……」

「でも、じゃない。
 あなた、わたしのこと、たいせつにしてくれた。
 それ、わたし、ちゃんと、わかった。
 からだ、うごかないとき、ある。
 それ、ふつう。わたし、きにしない」

たかしは、目を伏せた。
 けれど、テイラーの手のぬくもりが、
 そのまま胸の奥に届いてくるようだった。

「……ありがとう。
 君がそう言ってくれて、ほんとに、救われる」

「タカシ、やわらかいままでも、わたし、すき。
 あなたの、こころ、ちゃんと、かたくて、あたたかい」

たかしは、思わず笑った。
 そして、そっと彼女の額にキスを落とした。

「……君って、ほんとに、すごいな」

「ううん。わたし、ただ、あなたが、すき」



🌙断章『まだ言えないこと』

テイラーの寝息が、静かに部屋に満ちていた。
 たかしは、ベッドの中で目を開けたまま、天井を見つめていた。

彼女の言葉は、やさしかった。
 “怒ってない”“気にしない”“あなたの心があたたかい”――
 そのひとつひとつが、たかしの胸に沁みていた。

けれど、同時に、胸の奥に沈んでいる“もうひとつのこと”が、
 じわじわと重たくなっていく。

――無精子症。

医者にそう告げられたときの、あの冷たい診察室の空気。
 「自然妊娠は不可能です」と言われたときの、
 自分の身体が“男としての役割を果たせない”と突きつけられたような感覚。

それを、テイラーにまだ話していない。
 今日、彼女が「子どもがほしい」と言ったわけじゃない。
 でも、もしこの先、ふたりの関係が深まっていったら――
 いつかは、必ず向き合わなければならない。

たかしは、そっと寝返りを打った。
 テイラーの横顔が、青い光の中で静かに浮かんでいる。
 その頬にかかる髪を、そっと指で払った。

「……テイラー」

彼女は、うっすらと目を開けた。
「ん……タカシ?」

「……いや、ごめん。起こしちゃった。
 ちょっと、考えごと、してて」

テイラーは、眠そうに目をこすりながら、たかしの手を握った。
「だいじょうぶ? なにか、しんぱい?」

たかしは、少しだけ迷った。
 でも、今はまだ、言葉にできなかった。

「……うん。ちょっとだけ。
 でも、今は……君とこうしていられるだけで、十分」

テイラーは、にっこりと笑った。
「じゃあ、また、あした、はなして。
 わたし、きくよ。いつでも」

たかしは、うなずいた。
 その“いつでも”が、どれだけ心強いかを、
 言葉にするのは、もう少し先でいいと思った。



🌆断章『五度目の夜』

ある金曜の午後。
 職場のデスクに差し込む夕陽が、書類の端を金色に染めていた。
 たかしは、パソコンを閉じ、スマホを手に取った。
 指先が、少しだけ震えていた。

画面には、テイラーの名前。
 メッセージアプリを開いて、短く打ち込む。

今夜、少しだけ会えないかな。
ごはんでも食べて、話したいことがある。
ちゃんと送るから、安心して。

送信ボタンを押したあと、たかしは深く息をついた。
 “話したいこと”――それは、あの夜からずっと胸にしまっていたこと。
 無精子症のこと。
 彼女に、ちゃんと伝えなければならない。

数分後、テイラーから返信が届いた。

タカシ、もちろん。
はなすだけでも、うれしい。
どこで、まつ?

たかしは、スマホを胸ポケットにしまい、立ち上がった。
 金曜の夜の街は、にぎやかだった。
 けれど、彼の足取りは、静かに、でも確かに前へ進んでいた。


🌃断章『会話だけの夜』

ふたりは、駅近くの落ち着いたカフェで待ち合わせた。
 テーブルには、ホットコーヒーと、チーズケーキ。
 テイラーは、いつもより少しだけ落ち着いた服装で現れた。

「タカシ、つかれた?」

「ううん。君に会えると思ったら、元気出た」

テイラーは、ふっと笑った。
「わたしも。……きょうは、なんか、ちがう?」

「うん。……今日は、まじめに話したいことがあって。
 それだけ。……それだけの夜にしたい」

「オッケー。わたし、きくよ」

たかしは、コーヒーをひと口飲んでから、ゆっくりと話し始めた。
 自分の身体のこと。
 無精子症と診断された日のこと。
 これまで誰にも言えなかったこと。
 そして、テイラーと出会ってから、
 “言いたい”と思うようになったこと。

テイラーは、最後まで黙って聞いていた。
 驚いた顔もせず、ただ、まっすぐにたかしを見つめていた。

「……わたし、しって、よかった。
 あなたが、わたしに、はなしてくれて、うれしい。
 それ、すごく、たいせつなこと」

「……ありがとう。
 君に嫌われたら、どうしようって、ずっと思ってた」

「キライ? なんで? そんなこと、ない。
 わたし、タカシのこと、もっと、しりたい。
 それだけ」

たかしは、胸の奥がふっと軽くなるのを感じた。
 言えた。受け止めてもらえた。
 それだけで、今夜は十分だった。

カフェを出ると、夜風が少し冷たかった。
 たかしは、テイラーを駅まで送った。
 改札の前で、ふたりは立ち止まった。

「きょうは、ありがとう」
 たかしが言うと、テイラーは小さくうなずいた。

「また、あした、あえる?」

「もちろん」

テイラーは、たかしの手をそっと握って、
 それから、名残惜しそうに改札をくぐっていった。

たかしは、しばらくその背中を見送っていた。
 “話すだけの夜”は、
 ふたりの関係を、確かにひとつ深くした。




🌅断章『眠れない夜』

夜がふけても、眠れなかった。
 ベッドに横になっても、目を閉じても、
 たかしの声が、頭の中で何度も繰り返された。

――「俺、無精子症なんだ」

そのとき、わたしは「だいじょうぶ」と言った。
 ほんとうに、そう思った。
 たかしが、わたしに話してくれたことが、うれしかった。
 それは、信頼のしるし。
 だから、わたしも、ちゃんと受けとめたかった。

でも、夜になって、部屋にひとりになると、
 胸の奥が、しずかにざわざわしはじめた。

――子ども、つくれない。
 ――わたし、どうしたい?
 ――タカシと、これから、どうなりたい?

わたしは、子どもがほしいのかな?
 それとも、タカシといられるなら、それでいいのかな?
 こたえは、すぐには出なかった。

窓の外が、すこしずつ明るくなっていく。
 カーテンのすきまから、朝の光が差し込んでくる。

わたしは、ベッドの中で、そっとつぶやいた。

「タカシ……わたし、いま、すごく、まよってる。
 でも、あなたのこと、すき。
 それは、ほんとう」

その言葉だけが、夜の終わりに、
 わたしを少しだけ、安心させてくれた。




📱断章『ママに話す夜』

日曜の夜、部屋の灯りを落として、スマホの画面だけが光っていた。
 テイラーは、LINEのビデオ通話を開いた。
 画面の向こうには、アメリカの実家のキッチン。
 母親が、マグカップを手に笑っていた。

“Hi, sweetheart! You look tired. Everything okay?”

「うん、だいじょうぶ。ちょっと、ねむれなかっただけ」

“Long week?”

「うん……でも、ママ、きょう、ちょっと、はなしたいこと、ある」

“Sure, honey. What’s going on?”

テイラーは、少しだけ間を置いてから、言った。

「わたし……いま、すきなひと、いる。
 ニホンジンの、ひと。タカシっていう。
 やさしくて、まじめで、すごく、あたたかい」

“Oh! That’s wonderful! I’m so happy for you!”

「でも……そのひと、こども、できない。
 むしょうししょう……っていう、びょうき。
 だから……ママに、まご、みせてあげられない、かも」

画面の向こうで、母親は少しだけ表情を曇らせた。
 けれど、すぐに、やさしく微笑んだ。

“Oh, sweetheart… thank you for telling me.
But listen—what I want most is for you to be loved, and to love.
That’s all. A grandchild would be lovely, but your happiness comes first.”

テイラーは、思わず涙ぐんだ。
 母の言葉は、遠く離れていても、
 まっすぐに胸に届いた。

「ママ……ありがとう。
 わたし、タカシと、いっしょにいたい。
 こども、いなくても、しあわせに、なれると、おもう」

“I believe you can. And if he makes you feel safe and seen,
then he’s already given me the best gift.”

テイラーは、スマホを胸に抱きしめた。
 その夜、ようやく、少しだけ眠ることができた。




🌙断章『ことばの奥に』

また、眠れない夜だった。
 ベッドの中、天井を見つめながら、テイラーは小さく息を吐いた。

たかしの声が、頭の中で繰り返される。
 あの夜のカフェでの会話。
 彼のまじめなまなざし。
 ひとつひとつの言葉を、ちゃんと聞こうとした。
 でも――

「わたし、ほんとうに、ぜんぶ、わかってた?」

たかしの話す日本語は、やさしい。
 でも、時々、早くて、むずかしくて、
 わたしの中で、意味がすこしずつこぼれていく。

うなずいたけど、
 ほんとうに、あのときの“間”の意味を、
 あの沈黙の重さを、ちゃんと受けとめられていたのか、
 自信がなかった。

「もっと、はなしたい。
 もっと、あなたのこと、しりたい。
 でも、ことばが、たりない……」

英語なら、もっと言えるのに。
 でも、たかしは日本語で生きている。
 だから、わたしも、日本語で、ちゃんと向き合いたい。

テイラーは、スマホを手に取った。
 翻訳アプリを開いて、何度も消しては打ち直す。

あなたの言葉、もっとわかりたい。
わたしの気持ちも、もっと伝えたい。
だから、ゆっくり話して。
わたし、がんばる。

送信はしなかった。
 でも、その言葉を胸にしまって、
 テイラーはようやく、目を閉じた。



🌃断章『言えないこと』

金曜の夜。
 スマホの画面に、テイラーの名前が光っていた。
 「明日、また会える?」
 そのメッセージに、たかしはすぐに返事ができなかった。

会いたくないわけじゃない。
 むしろ、会えばほっとする。
 テイラーの笑顔を見ると、
 自分の中の硬さが、少しずつほどけていくのがわかる。

でも――

毎週末、会う。
 毎週末、誰かと過ごす。
 それは、たかしにとって、
 “自分の時間”を手放すことでもあった。

これまで、週末はひとりで山に行ったり、
 自転車の整備をしたり、
 静かに音楽を聴いたりしていた。
 誰にも気をつかわず、
 誰にも合わせず、
 ただ、自分のペースで呼吸していた。

テイラーといる時間は、心地いい。
 でも、ふとした瞬間に、
 「このまま、ずっと一緒にいるって、どういうことなんだろう」
 そんな問いが、胸の奥に浮かんでくる。

たかしは、スマホを伏せて、
 アクアリウムの前に座った。
 ミドリが、ゆっくりと水の中を泳いでいる。

「……俺、どうしたいんだろうな」

テイラーを傷つけたくない。
 でも、自分を偽ってまで、
 “理想の恋人”を演じたくもない。

たかしは、スマホを手に取り、
 短く、でも誠実な言葉を打ち込んだ。

明日、少しだけ会えたらうれしい。
でも、日曜はひとりで山に行こうと思ってる。
ごめんね。ちゃんと話したいこともある。

送信ボタンを押すと、
 胸の奥が、少しだけ軽くなった。



🌙断章『わたしにできること』

夜の部屋。
 カーテンのすきまから、街灯の光が差し込んでいる。
 テイラーは、ベッドに座ったまま、
 膝を抱えて、じっと考えていた。

たかしのことが、すき。
 それは、まちがいない。
 でも――

「わたし、タカシに、なにが、できる?」

彼は、やさしい。
 まじめで、まっすぐで、
 ときどき、すこし不器用で。
 でも、わたしのことを、ちゃんと見てくれる。

でも、彼は、こどもをもてない。
 それを知ってから、
 わたしの中に、ちいさな問いが生まれた。

――わたしは、彼にとって、なにになる?
 ――こどもがいない未来で、
   わたしは、彼の“家族”になれる?

わたしは、彼の“支え”になりたい。
 でも、どうやって?
 セックス? 料理? 笑顔?
 それだけで、たりる?

わたしの“存在”が、
 タカシの“さびしさ”を、ほんとうに埋められるの?

テイラーは、スマホを手に取った。
 たかしの写真を見つめながら、
 そっとつぶやいた。

「タカシ……わたし、あなたの“ちから”になりたい。
 でも、わたし、まだ、なにをすればいいか、わからない。
 だから、こわい。
 でも、にげたくない。
 あなたと、いっしょに、さがしたい」

その言葉を、誰にも送らず、
 胸の中にしまったまま、
 テイラーは、目を閉じた。



🌌断章『言葉のいらない返事』

夜の部屋。
 スマホの画面は消えていた。
 テイラーは、ベッドの上で膝を抱えたまま、
 ただ、たかしのことを考えていた。

――わたし、あなたに、なにができる?
 ――こどもがいなくても、あなたの“家族”になれる?

そんなことを、心の中で何度もつぶやいて、
 でも、言葉にはできなかった。
 メッセージを打つことも、
 電話をかけることも、できなかった。

ただ、胸の中で、何度も何度も、
 「わたし、あなたの力になりたい」と願っていた。

そのときだった。
 スマホが、ふるえた。

画面を見ると、たかしからのメッセージ。

うん。
それだけで、いい。

テイラーは、思わず息をのんだ。
 何も言っていない。
 何も送っていない。
 でも――この返事。

「……え?」

画面を見つめながら、
 胸の奥が、じんわりとあたたかくなっていく。

言葉じゃない。
 でも、ちゃんと通じてる。
 わたしの“願い”が、たかしに届いた気がした。

テイラーは、スマホを胸に抱きしめて、
 そっと目を閉じた。

今夜は、眠れそうだった。



📞断章『しんけんなはなし』

金曜の夜。
 たかしは、夕食を終えて、アクアリウムの前に座っていた。
 ミドリが、ゆっくりと水の中を泳いでいる。
 そのとき、スマホが鳴った。

画面には「テイラー」の名前。
 通話ボタンを押すと、少しだけ緊張した声が聞こえた。

「タカシ……いま、だいじょうぶ?」

「うん。どうしたの?」

「……うち、きて。ばしょ、おしえるから」

たかしは、一瞬、言葉を失った。
 テイラーの声は、どこか張りつめていた。
 でも、決して不安ではなく、決意のある声だった。

「わかった。……いまから行けばいいの?」

「うん。きてほしい。
 ……しんけんな、はなしがある」

その言葉に、たかしの胸が静かに高鳴った。
 “しんけんなはなし”――
 それは、ふたりの未来に関わる何かだと、すぐにわかった。

「……わかった。すぐ行く。
 場所、送って」

「おくる。まってる」

通話が切れたあと、たかしは立ち上がった。
 靴を履きながら、心の中で何度もつぶやいた。

――大丈夫。
 ――ちゃんと向き合おう。
 ――逃げない。

スマホに届いた住所を見て、
 たかしは、夜の街へと歩き出した。


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